« おかげさまで | Main | 100日目 »

ネイティブ英語って要るのかな?

英語が大事英語が大事って、よく言われます。
国際社会に参画するにはまず英語から、ってここまであからさまには最近言わないわけですが、
まあ「これって英語でなんていうの?」系の本がいっぱい出てきてみたり、
「ネイティブ英語、こんなの言ったら笑われる」なんて本が出てみたり、
「教科書では教えない『使える英語』」って本が出てきたかと思えば、
「教科書でなんとかする『使える英語』」って本も出てきたり。
「中国人の方が英語がうまい」とか煽られて映画が公開されてみたり、
英会話スクールが「英語を話せば、10億人と話せる」とかコピーを作ってみたり。

でも、何かが違うなあと思ったりもするのです。

一番へんだなあ、と思うのが、ネイティブ発音とかネイティブ表現にこだわること。

たとえば、去年開催されて今年も開催されそうな「びっくり英語大賞」。尊敬する池井優氏が審査員に加わっているのであんまり批判したくないのですが、

1. 英語は正確に使いま賞("You Should Know Better "Award)
Our city is fruity(1998年の山形の花笠祭りで配られた団扇に書かれた英語)
「私たちの街はホモの多い」(?!)なぜそんなことを自慢しているのでしょう…。

fruityって、一応辞書にも載っていますが、これ英米あたりの俗語的表現ですよね。正直こんなところに挙げて笑うほどの話でもないと思うのです。
どうせ笑うなら、一番英語ネイティブが多いと思われるインド英語の俗語を使ってあげつらったらどうでしょうかね。先ほど書いた「10億人と話せる」の7割はインド人なわけですし。

同じように、発音もそうです。まあこの辺は今週配布の「R-25」にも書かれていたのですけど、別にRとLの発音が出来なくたっていいと思うのです。だってRとLの区別ができないの、日本だけじゃないし。
それに考えてみてください。日本に来た人が曖昧な発音していて、気になります?例えば中国語や、英語で話しかけられるより、つたない表現でも日本語で話された方がずっとわかります。つーか、そのくらいの違いで訳のわからなくなるほうがまずいんじゃないですかね?

そのくらいの違い、といえば。
英語が話せても、話せるネイティブの相手はせいぜい10億人しかいないわけで、あとは非ネイティブですから、その辺とも意思を通じ合わせたいと思ったら、英語の発音が違ってくることを考えなければいけません。
例えば。
どっちかというと、日本では「th」の発音を、サ行に近いものとして読み聞きしていると思います。"three"は「スリー」と書きますし、「something」は「サムシング」ですし。でも、タイではこれはタ行に近いモノとして読み聞きする人が多いようですし、さらに日本の耳では、母音の絡まない文字は、アが付くものとして聞こえてくるはずです。

表現についてもそうでして、これはタイだけに限ったことではないですが、mustとshouldとmayとcanの意味合いだって、ところによってはめちゃくちゃです。そりゃ、うまく使い分ける人だってたくさんいますが、使い分けられない人だって多いわけで。まあ、やっていい、やっちゃまずい、という意味で言えばどれが付いていても同じわけだし。
そういえば、ネイティブ10億人の中には、中国語の単語による表現が英語の中に混じるsinglishを話すシンガポール人も含まれて居るんですよね?たぶん。じゃあなおさらネイティブ表現って何、ってことになりそうなんですが。

自分、英語ネイティブの環境にはしばらく居ませんのでけっこうメチャクチャなことを言っているような気がしますが、まあそれはそれ、ということで。

|

« おかげさまで | Main | 100日目 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41298/1634423

Listed below are links to weblogs that reference ネイティブ英語って要るのかな?:

« おかげさまで | Main | 100日目 »