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盛岡「フォーラム」で「Sweet Rain 死神の精度」

えーと、筧昌也監督には色んなところで縁があって、この感想についてはそういう予断が入ることをあらかじめ書いておかないといけないような気がする。さらに、原作となる小説は全く読んでいないので、元々6編からなる短編小説の3編を使って作られた、という以上の話はわからない、ということも。

そんなわけで、ちょうどいま「ロス:タイム:ライフ」のドラマが絶賛放映中の筧昌也監督が初の劇場版長編作品に、とかなんとか言われてもなあ、映画館で「美女缶」とか見てるし、あまりそんな気がしなかったり。

それはそれとして、以下ネタバレ込みで。

主人公の死神「千葉」役は金城武。演技は堅いような気がしたが、死神が「普通の身なりはしているが、言動にどこかおかしなところがある」という設定であることを考えると、あれも含めて演技なのかもしれない。というか、まあそういう意味で金城武はうまいキャスティングだろうと思った。

難しいのは「音楽プロデューサーが惚れ込むほどの声の持ち主」藤木一恵の歌だ。昔教科書で誰かが書いていた(手塚治虫だったかしら)ことで、「映像で『絶世の美女』を描くのは難しい」という話をしていたが、その罠に陥ってしまったような気がする。小西真奈美は頑張っているけど、電話で聞いて惚れ込むほどの声、というのはなかなか難しい。百人一首の読み札も、小野小町の顔は避けて通る。2部で死神がミュージックを聴こうとしたとき、藤木一恵の歌は何度も実際の歌に行くまでに切られる。そういう意図なのかな、と思ったが3部で意外と簡単に歌は流れてしまう。まあ、いろんな事情があって歌を流すことになったのだろうとも思うのでその辺は難しいのかもしれない。映画「黄泉がえり」ではあれがフルコーラスで流れる羽目になった(その代わり、謎の引退をしたカルト的カリスマ歌手、的扱いにしたことでうまいこと処理をしたと思う)わけで。

筧監督はマニュアルとか様式の好きな監督さんで、これまでの作品でもそういうものを多く取り入れている。世界観、その映画特有の設定を示すためにわざわざマニュアルを作って、それを解説ビデオ風に読み上げてみたり、展開の変わるきっかけを、バスの降車ベルに見立ててみたり。「ロス:タイム:ライフ」なんて、サッカー様式そのもので、あの審判員が主人公についてまわる、というただその一つのアイデアが、ストーリーそのものをうまく回している。あれを見ている間は、たぶんあのロスタイム掲示のシステムが実はたかだか10年の歴史しかない(ロスタイム掲示に電光掲示を始めたのは1998年のフランスW杯から)ということすら忘れて楽しめるわけだ。そういうお遊びは今回かなり控えめで、まあたぶんそれは原作がある、ということが一つの面にあることもあるのだろうし、物語がオムニバス風だけどそれぞれつながっている、ということで、下手に繋げるとそちらの繋がりが見えにくくならないように、とも考えたのではないかと思う。なにせ1部、2部が終わって無事3部につながったことで、そういうお遊びがまたそれなりに含まされてくる感じもあって。

物語はつながっている、と書いたが、リンクしているのは、1部で出てくる藤木一恵の一生との繋がり。まず1部で語られ、3部で補完されたことを含めて考えると、この物語の世界観でない一般的な考え方では藤木一恵のほうがたぶん「死神」扱いされるはずで、それを考えると、今まで長く長く仕事をしてきても一度も見られなかった青空が、老婆と一緒にいることで初めて見られた、ということは、死んだのは逆に死神「千葉」のほうだった、と解釈出来なくもないのかもしれないな。

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